2012年8月21日火曜日

スカとドゥッカの原風景


私はこれまで様々な事例を挙げて、古代インドにおいていかにチャクラ(車輪)と言うものが重要な意味を持っていたかについて語ってきた。

そのチャクラ思想の起源は、インド・アーリア人の祖である、スポーク式車輪を世界で最初に開発した人々の思想・文化にまで遡り、その痕跡はアルカイムなどシンタシュタ文化の遺跡にも明確に残っていた。


紀元前1600年頃~アルカイムのチャクラ・シティ再現図。中心車軸は祭場か。

今回紹介するのは、そんなチャクラの民であるインド・アーリア人の面目躍如とも言える事実であり、同時に、車輪と言うものが古代インドの思想においていかに決定的な意味を持っていたかを証明するものと言えるだろう。

仏教について興味があり、特に原始仏教あるいはテーラワーダ仏教やそのパーリ経典について少しでも勉強したことのある人なら、常識として知っているだろう重要な言葉がある。

それはスカ(Sukha)とドゥッカ(Dukkha)というパーリ語の単語だ。これはサンスクリット語だと若干綴りや発音が違ってくるが、ここでは煩雑になるので双方共にスカとドゥッカで統一したい。

ドゥッカは苦を意味する。それは生老病死苦の苦であり、四聖諦の苦でもあり、四苦八苦の苦であり、輪廻する生存の苦でもある。それはあらゆる意味で仏教の根底にあるキー・コンセプトであり、ブッダの教えとは、正にいかにしてこのドゥッカから解放されるか、という事に尽きるだろう。

スカはドゥッカの反対語で幸福や安楽を意味する。スッタニパータのメッタ・スッタ(慈経)にある、「一切の生きとし生けるものよ、幸福であれ、安泰であれ、安楽であれ」などの幸福、安楽がそれであるし、「ものごとを知って実践しつつ真理を了解した人は安楽を得る」の安楽がそれである。

同じスッタニパータには、
「他の人々が『安楽(スカ)』であると称するものを、諸々の聖者は『苦悩(ドゥッカ)』であると言う。他の人々が『苦悩』であると称するものを、諸々の聖者は『安楽』であると知る。」(以上中村元訳)
という表現もある。

このスカと言う言葉は、後の大乗的文脈においては極楽(スカ・ヴァーティ)を意味するようになる。

そして実は、このスカとドゥッカと言う言葉は、語源的に見るとラタ車の車輪と密接に関わっていた。

モニエル・ウィリアムス(Monier-Williams,1819–1899)のサンスクリット語辞典によれば、スカの本来の語感は「良い軸穴を持つ(車輪)」に起源する。構造的には、Suが良い、完全な、を意味し、Khaが穴、あるいは空いたスペースを意味する。


モニエル・ウィリアムスのサンスクリット語辞典 Sukha

この事実にパーリ語辞典などの内容を合わせて解説すると、
良く完全に作られた軸穴を持った車輪と言う原義が、そのような車輪のスムースかつ円満な回転を含意し、更にそのようなスムースに回転する車輪を付けたラタ車の乗り心地の良さ、その安楽さ、心地よさを意味するようになり、更にそれが安楽や幸福、そして満足を意味する一般名詞へと転じていった。
という事の様だ。

ドゥッカの場合はこの反対語で、Duhは悪しく、不完全な、という意味を持つ。

これもまた、悪しく不完全に作られた軸穴を持った車輪、と言う原義から派生して、その様な車輪のガタガタとした不具合、不完全な回転、更にその不完全な車輪を付けたラタ車の不快な、心地の悪い、苦痛に満ちた不満足な乗り心地を意味するようになり、それが転じて、苦や苦痛、そして不満足からくる苦悩を表す一般名詞へと転じていったと考えられる。

このモニエル・ウィリアムスというインド生まれのイギリス人は、オックスフォード大学の教授でサンスクリット学の泰斗であり、彼の辞書は現在に至るまでもっとも普及していると言う。おそらくて現行のほとんど全ての辞書は彼の知見の影響を大きく受けていると考えられる。現代最先端のサンスクリット学がどのような認識を持つのかは分からないが、そのソースとしての信頼性は極めて高いと言えるだろう。

以前にも書いた事だが、ラタ車が履いたスポーク式車輪と言うものは、リムとスポークとハブというパーツをそれぞれ別々に加工して、それらを精緻に組み合わせて作り上げる。


現在進行形で作られている進化した木製車輪。これは貨物の牛車用。
ハブと軸穴、そしてタイヤには鉄が使用されている。車軸も鉄。
6分割されたリムに2本ずつ計12本のスポークが配されている。


そこにおいて最も重要なのは、外縁リム(タイヤ)の真円性と軸穴の中心性だ。それを実現するためには数学的物理学的な知性と、精巧な加工組み立てを可能にする高度な技術が求められるだろう。

もうひとつ重要なのが、軸穴と車軸が組み合わされる、その適合状態だ。まず両者の形がどちらも真円に近く、しっくりと合わなければいけない。しかしぴったりと隙間なくフィットしすぎたら摩擦が強すぎるし、逆に隙間がありすぎたら振動の原因になる(この隙間にはグリースが塗られる)。

これらのバランスが最高レベルで達成される絶妙な調整具合というものが、職人技として追及された事だろう。

(ちなみに、古代における車輪のパーツがどこまで木でどこまで金属か、現在鋭意調査中だが、今のところ残念ながらデータがない)

そのような優れた職人によって、良く完全に組み立てられた車輪の乗り心地の良さがスカであり、劣った職人によって作られた、あるいは経年劣化や事故によって悪しく不完全になった車輪の、その乗り心地の悪さがドゥッカの原風景だったのだ。

この新たな知見によって、私たちは二つの事実を明確に認識する事ができる。

ひとつは、私がこれまでくどいほど繰り返してきた、
古代インド人の日常的な心象風景の中で、如何にラタ車とその車輪というものが重要な存在であったか
という点が、かなりの程度裏付けられた事だ。

もうひとつは、スカとドゥッカ、中でもドゥッカという、仏教的な文脈の中で最も重要な意味を持つ概念が、正にこの回転する車輪という事物と、密接に関わっていたと言う事実だ。

スカとドゥッカという概念は、ラタ車と深く深く関わりを持ったアーリア人の生活の中から、なかんずくその車輪の回転の中から、生まれ出たのだった。

例えば漁師が海の波や潮の具合を常に気にかけ、
「今日の凪ぎはどうだい?」
「今日はいい凪だ。」
とあいさつをする様に、アーリア人の日常の中では常に車輪の具合を気にかけ、その具合を問いかけるあいさつの様なものがあったのかも知れない。

「今日の車輪はどうだい?」
「おかげさんで今日はスカだ」
「こっちは今いちドゥッカだ」
という様に。

もちろん、この様なニュアンスを、ゴータマ・シッダールタはおそらく一般常識として知っていたのだろう。彼がドゥッカと言うとき、その背後には、悪しく不完全に作られた車輪のガタガタとした不快な回転、というイメージが明確に存在していた可能性は極めて高い。

そしてこれは仏教だけにはとどまらない。このドゥッカ=苦という概念とそこからの解放というパラダイムは、すべてのインド思想において普遍的に共有されているからだ。それは何よりも、苦である輪廻からの解脱、という言葉によって表されるだろう。

あらゆるインド思想は、正に回転する車輪の中から生みだされた。そう言ったら、言い過ぎだろうか。

この、苦である輪廻からの解脱、その発端である『苦(ドゥッカ)』の認識が、車輪という存在と密接に関わり合うと言う事実は、これまで本ブログで展開してきた様々な輪軸のアナロジー仮説に対しても、強力な支援材料となるだろう。

次回以降、この
ドゥッカ=悪しく不完全に作られた車輪
という認識が、仏教をはじめとしたインド思想を理解するうえで、そしてそこにおける輪軸のアナロジーを理解する上で、如何に有効なツールになるかを見ていきたいと思う。

この記事は、ヤフー・ブログ版 From The Planet INDIA と連動しています。
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